三億円事件の真相













三億円事件
は東京都府中市で1968(昭和43)年12月10日午前9時20分に発生した、窃盗事件である。
三億円強奪事件ともいわれる。
1975年(昭和50年)12月10日に公訴時効が成立し未解決事件となった。
日本犯罪史において最も有名な犯罪の一つにも数えられ、「劇場型犯罪」でありながら
完全犯罪を成し遂げたこともあり、フィクション・ノンフィクションを問わず
多くの作品が制作されている。
(提供:ウィキペディア)

捜査日数 2,556日
捜査対象 117,951人
捜査延人員 171,805人
情報提供 28,042件
捜査費用 9億9千万円

◆三億円事件にせまる
  

戦後最大のミステリアスな事件と言えば、やはり3億円事件です。
様々な作家が、この事件を題材に物語を作ったり、ノンフィクション作家なども、膨大な取材から
この事件の謎に少しでも近づこうとしています。
さらに、テレビドラマなどで映像化されたりしているのも印象的です。
以前3億円事件を題材にした『クロコーチ』というドラマが放映されていました。
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奪われた現金は、当時で約3億円(正確な金額は2億9430万7500円)ですが
現在の貨幣価値に換算すると、約20億円~30億円にもなると言われています。
大卒の初任給が3万円だったので、当時の国民からすれば、3億円というのは途轍もない金額だ
ということが想像できるかと思います。

現在で分かりやすく例えるならば、totoBIG1等当選金である6億円の、さらに3倍~5倍という
金額です。
このお金を奪った犯人は今どうしているのだろうか、と思っている方も少なくないと思います。
ですが、この事件、実に様々な謎を残したまま、都市伝説と化しているのは、皆さんも
知っての通りです。
この記事では、事件発生から警察の捜査に至るまでの流れ、そして、3億円事件の主要説である
3つの説から、この事件の真実に踏み込んでみたいと思います。

3億円事件の流れ
1968年12月10日午前9時15分、東京芝浦電気(現:東芝)従業員のボーナス(約3億円)
を積み込んだ日本信託銀行の行員4人を乗せた現金輸送車(黒いセドリック)が
国分寺支店を出発し、東芝府中工場へ向かう道中で事件が発生。
午前9時20分頃、府中刑務所の外堀沿いを走行していると、後方から白バイに乗った警察官
が現金輸送車の前方に回りこみながら、停車を促して白バイから下車。
そのまま運転席の窓に走り寄って、「この車に爆弾が仕掛けられている。車を調べるので全員降りて
下さい」と警察官が告げた。
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運転席に座っていた行員は「昨日、車内を調べたときには何もありませんでしたが」と返答。
白バイ警官は「では、車の外を調べてみます」と言い、タイヤ周りを調べ、フロントの辺りを
調べだした。
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現金輸送車に乗っていた4人は不安になり車外に飛び出してきた。
警察官が車体の下に潜り込んだとき、「爆弾があった! 危ない、爆発するぞ! 下がれ!」と
4人に向かって叫んだ。その声と同時に、車体の下部から白い煙が立ち昇りはじめる。

行員4人が慌てて車から離れると、警察官は運転席に乗り込み、そのまま走り去る。
ここまでの経過時間は、わずかに3分ほど。

現金を奪った犯人は、現場の近くで別の車に現金の入ったジュラルミンケースを乗せ替え逃走。
これ以降、現金を奪った犯人の行方が分からないまま、事件発生から7年後の
1975年12月10日午前零時、時効が成立した。

このような感じで、3億円事件は完全犯罪という形で幕を閉じました。
しかし、この事件が今もなお語り継がれている理由は、単に『華麗で完璧な犯罪だから』
ということだけではありません。
半世紀近く経った今でも、人々が興味を絶やさないその理由は、事件に絡む様々な謎が
さらに輪をかけた謎となり、出口の見えないミステリーと化しているからと言えます。
ではここで、この事件が迷宮入りした最大の原因と言える、警察の捜査の流れについて
振り返ってみたいと思います。

ずさんな捜査で事件が複雑化
この事件が未解決に終わっている原因として、警察のずさんな捜査が挙げられます。
まず、事件が発生してから14分後、緊急配備が発令されたまでは良かったのですが
各捜査員に流された情報は、とにかく不手際だらけと言えるものでした。
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捜査員に流された主な情報は以下の3つです。

奪われた現金は9000万円
被害車両は黒のセドリック
犯人は白ヘルメットを着用

この3つの情報、皆さんはどう思いますか?
素人目に見ても、これってまるで小学生の探偵ごっこじゃないか! 
と言う声が聞こえてくるような気がします。

犯人を逮捕できるかどうかは、初動捜査で9割以上が決まる。
初動捜査が、どんな方向に向かうかによって、その後の捜査の流れが大きく変わってしまうと
言われています。
この事件では、捜査の基本段階から大きく脇道に逸れてしまっているような感じが否めません。

捜査の流れを少し整理してみましょう。
まず、奪われた金額は3億円にも関わらず、9千万円などという、まるで見当はずれな金額と
なっていて、さらに、犯人の人相は全く伝えられていません。
その上、肝心の車のナンバーも伝えられておらず、犯人が車を乗り換えたことまでもが
伝わっていない。
そのため検問では、黒のセドリックだけを止めて、トランクを調べることもなく検問を
通過させていたというお粗末さ。

こんな検問を30分も続けていたんですから、「犯人さん、どうぞ安全なところに逃げて下さい」
と言っているような、お世辞にもプロの仕事とは言えない捜査です。

まるで、警察は犯人逮捕を拒んでいる、と思われても仕方ないような、本当に不可思議な
捜査と言わざるを得ません。

さらに、この事件の犯人とされていたモンタージュ写真ですが、この写真によって
捜査が明後日の方向に向かってしまったと言えます。

モンタージュ写真の真実
この事件の代名詞とも言えるモンタージュ写真の男。
事件発生から11日目。3億円事件の犯人として、この有名なモンタージュ写真が公開されました。
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現金輸送車に乗っていた、日本信託銀行の行員4人の証言によって作成されたのが
この有名な現金強奪犯人の顔写真です。

そもそも、モンタージュ写真というのは、目撃者の証言に基づいて、頭部から首の辺りまでを
いくつかのパーツに分けて顔を組み立てていき、犯人の顔写真を作り上げる技術のことを言います。
全国に貼り出されたこの写真によって、3億円事件の犯人はこの写真の男、という固定観念が
全ての人の記憶に植え付けられることとなりました。

マスコミでも大々的にこの写真を報道したので、一般市民へのインパクトは強烈だったかと思います。
さらに、一般人だけではなく、この事件を捜査している現場の警察官たちも、この写真の男が
犯人だと、当たり前のように認識して捜査していました。

犯人と直接関わった信託銀行の行員が証言して作成したモンタージュです。
誰もが、何の疑いもなく、この写真の男が3億円事件の犯人だと思っているのも当然のことだと
言えます。
ですが、モンタージュの男を追うことが、この事件を迷宮入りさせる一因となりました。

すでに死亡している人物をモンタージュ写真として公開
モンタージュ写真というのは、前述しているように、目撃者の証言を元に、顔写真を作成する
技術なのですが、この写真、実はモンタージュ写真ではなく実在する人物の顔写真だったのです。
しかも生きている人間ならともかく、事件の約1年8ヶ月前に亡くなっている人の写真を
修整することなくモンタージュ写真として公開。
それも、遺族の許可を得ることなく公開するという、正義を守る警察のすることとは
思えない所業と言えます。

現場の捜査員は、すでにこの世に存在していない人間を、それこそ靴底をすり減らして
探し回っていたというオチです。
三流のコントのネタにもならないような、なんとも間抜けな話です。

偽物モンタージュと分かるまで12年もの歳月が
そもそもどんな経緯で、このような偽物の顔写真が、犯人の顔として公開されることになったのか?
原因として、現金輸送車に乗っていた信託銀行の行員は、誰一人として犯人の顔を
覚えていなかったことにあります。

では何故、モンタージュ写真が作成されたのか?
モンタージュ写真作成に関わった人物が、以下のような事実を語っています。
帽子やマスクをかけたりしている場合、モンタージュ写真を作成するのは無理だと言った。
しかし捜査員が「すぐに必要だ!」と催促してきた。
そこで、現金輸送車に乗っていた信託銀行の行員に、写真をいくつか見せたところ
「たぶん、こんな感じだった気がする」と言ったのが、あの写真だった。
本来ならば、修正をかけるのだが、捜査員の催促が続くため、そのままその人物の写真を
使用してしまった。
(提供:「顔」の疑惑)

しかも、このモンタージュ写真が偽物だという事実が暴かれるまで、12年もの歳月が
経っていました。
事件発生から12年後の1980年、文芸春秋の8月号で、スクープとして大々的に掲載される
ことで、この事実が明らかになりました。

三億円事件犯人モンタージュの醜態の理由
三億円事件のインチキのモンタージュはすでに周知だが、なぜ?である。
事件と無関係な人の写真をそのまま流用したのである。
インチキのモンタージュ写真が公開されたのが12月21日、その間に何が起こったのか?

1. 当初、警視庁がマークしていた父親が交通機動隊員の不良息子T.M疑惑が数多くあった。
 しかし事件発生から5日後12月15日青酸カリで自殺していた。
 このT.Mを三億円事件の真犯人と考える定説めいたものがあったが、実はT.Mにはれっきとした
 アリバイがあって(後日)事件と無関係と証明されている。

2.ところが当時は警視庁はまだT.Mを最有力容疑者と考えてはいたが、父親が現職の警視庁警官。

3.ところがT.Mは自殺した。

4. 警視庁は強奪された銀行員たちにその死亡したT.Mの遺体に面会させた。
  
ここで銀行員たちは「非常に似ている」と証言した。

5.世間は早期のモンタージュ公開を求める声があがった。

ここで警視庁がやったこととは、・・・・・
すでに死亡していたT.Mに似ていた、事件の1年半前に死亡していた
全く無関係のS.Iさんの写真を盗用したのであった。
二重の「すでに死亡」の人間利用であって。ここまで無茶な話もない。

犯人検挙という点で無意味な「すでに死亡人間」多重利用の警視庁の本音はなにであったのか?
当時最有力容疑者と目星をつけていたT.Mが死亡していたのだから捜査は半ば無意味?になった
はずなのに、その死亡したT.Mに似ているからとの理由で無関係な人の写真をそのまま盗用した、・・・のは当時の社会風潮の異常な解決への熱気への警視庁の焦りが異常な行動を誘引した
のである。
この警視庁の実質的な自暴自棄がその後の闇雲な冤罪、誤認の連発を招いたのである。

モンタージュに利用されたI氏は微罪で逮捕拘留されたことがあって、その時の写真が流用された。
I氏は1967年4月8日午前11時15分に仕事のブロック工事請負の現場でコンクリートの下敷きになって
死亡していた。
I氏は1966年25歳で結婚していた。突然の事故死は家族に大きな衝撃と悲歎を与えた。
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モンタージュ流用が発覚後、取材に対し、遺族は
「生きていてくれたら !死んでしまった上に警察にこんなことに写真を使われて・・・」
と言って号泣した。

警察の馬鹿げた行為の影には一人の不慮の死を遂げた男性にまつわる多くの人の悲しみが
あったのである。

それにしても、生前の写真を勝手に超重大犯罪の
「これが犯人の顔でございます」とばかりに全国に大々的に公開するとは
警察は汚いことをする、とはよく言われるが、ここまでの汚い行為も考えにくい。ひど過ぎる。

なお警視庁は遺族に対し、モンタージュへの流用への一切の謝罪はおろか、一言の釈明もない
※当時の捜査官が一橋文哉氏の取材に「遺族には丁寧に説明して承諾を得た」は警察らしい大嘘だ)

世界のどこの遺族が「これが超重大犯罪の犯人の顔のモンタージュです」
といって自分の亡くなった身内の写真を流用されて「はい、よくわかりました」
なんて言うだろうか。
(提供:つぶやき館)

実は公安の自作自演だった ※アングラマネーとして利用された
アングラマネー
《underground moneyの略》脱税や密輸など非合法な経済活動で動き、税務当局が
捕捉しておらずしたがって政府の経済統計でも把握されていない金。ブラックマネー。
(提供:ウィキペディア)
アングラマネーについては行先を追求することはできない。
今も昔も迷宮入り事件は全て闇組織と政治・国家が絡んでおり警察は介入できない
当時は闇絡みの資金提供は当たり前に行われていた。
行先はアシュケナジー偽ユダヤ人のアメリカやその支配下の朝鮮・中国などである。
今の金額にして20~30億もの資金を捻出する手段として保険金詐欺を利用した国家的犯罪である。

お蔵入り・迷宮入り
未解決事件といわれているものはまず間違いなく闇絡みです
というより
捜査費用 9億9千万円
これが税金ということを忘れてはならない

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